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ミライデザインラボ

室長ブログ

定期テストの成績について

こう言ってしまうと身も蓋もなくなってしまうかもしれませんが,僕は基本的に「定期テスト」の結果,とりわけ順位に興味がありません。
他者比較を重んじると,軸がぶれるからです。
そしてなにより子どもたちに学習を競争と理解して欲しくないのです。

「受験戦争」という言葉が競争を煽りました。
今度はその舞台が中学受験に移りつつあるようにも感じています。
学習とて周りの友だちは敵ではなく,仲間として協力したほうが全体の底上げにつながると考えています。

ちなみに順位をつけることに反対はしません。
順位はつけるつけないに関わらず,つくものだからです。
発表してもしなくても,子どもたちは全体のどのあたりにいるのかは自ずと感じ取っているはずです。

これに固執することにあんまり意味がないと感じているのです。

もちろん「仲良く勉強」ったって,いずれどこかで競争になるのでは?ということをおっしゃる塾長さんもいて,それもそのとおりだなと思います。

全員が行きたい大学や行きたい高校へ行けるわけではないので,成功失敗という二軸の判定になってしまうだろうことも重々理解していますが,しかしそれでもできる限りそう理解して欲しくないと思っています。

受験の正否は,必ずしも合否だけではないと思って欲しいのです。
これをキレイゴトと言うひとはたくさんいるでしょうけれど,人生は多様でその内容は人の数だけあります。

合否が人生に大きな影響を与えることは明白ですが,だから人生が決まるわけではありません。

僕はそういう視点で物事を見ることができるように子どもたちと関わっていきたいと考えています。
(どっちが正しいとかではなくて,いずれにしても無数にある考え方のうちのひとつだと思っています。)

さて。

学校内の順位って下手すると,その後の展開に悪影響を与えることが大いにあると思っていて,現にそういう生徒さんもいますから,とっても注意が必要です。

他校との比較もできないし,定期テストの問題って先生方の趣味が入るので,正直「なんだこれ?」と思うような問題がそれなりに含まれていますし。

子どもたちは,先生方の心証を考えて問題を感じてもそれを申し出ることを控えたり(いわゆる内申点の上下を恐れているようです),なんだこれ?な宿題が多すぎて,純粋なテスト勉強に時間が割けなかったりもします。

なにより一回の定期テストって範囲が狭く,出題されるポイントがほとんど特定されてしまう以上,一夜漬けのような学習方法がものすごく高い効果をあげることがありますから,定期テストの結果には「紛れ」が多く入り込む余地があります

順位だけでなくて得点だってまぁ理屈は同じで,定期テストはなんやかんやうまくいくと最大瞬間風速出ちゃいますから,それを自分の実力だと勘違いしてしまうことがありますよね。

中学生ぐらいだと常に「褒めてもらうこと」「認めてもらうこと」を虎視眈々と狙っているので「褒めてもらえそうなこと」はドンドンアピールしてくるのです。

自分が本当に全力を尽くして,がんばってがんばってがんばりきったのなら,誰に褒めてもらわずとも自信をもって「私はよくやった!がんばったよね!私はスゴイ。」と思えばいいのですし,そのすごさは誰にも文句が言えるものではありませんから,たとえばお父さんやお母さんや先生や友だちが,試験の結果についていろんな評価をするでしょうけれど,そういうことは本来「スゴイ自分」には何の影響も与えられないものだと考えてドンと構えていれば良いのです(逆に言えば他者の評価を自分がコントロールすることは,明日の天気を変えるようなものなので,気にしたって仕方が無いとも言えます)。

一方で,自分自身が本気で全力を尽くしたという実感がない,自分で自分のことを認めてあげられないと,それを外に求めます。なんとかして自分がスゴイことを誰かに認めてもらって(表面的にでも),それをもって自分はダメじゃないんだって思いたいのかもしれません。

学年順位があがった(その原因はよくわからないけど)。
英語”だけ”は,良い点だった(ほかの教科はダメだったけど)。
クラスで私ひとりしか正解していない問題があった(点数は特段良くなかったけど)。

で,実力テストがものすごく悪くっても,「それは私の実力ではなくて,たまたまなの。」と悪びれずに言うのです。

良かったところは,100回に1回でも「自分の実力」だと理解し,悪かったところは100回に99回あっても,「たまたま間違えた」「ケアレスミスばかり」と実力はあるけれど,そういうこともあるよねぐらいにしか考えていない子の多いこと,多いこと。
(これを冷静に分析・理解できて改善につなげられる子は,間違いなく成績上位層かあるいは将来伸びます。)

実力テストがあなたの実力ですよ,定期テストは紛れが起きやすいのですよ。

と説明しても,すんなり理解はしませんね。

なんでかというと,子どもたちはみんな説教みたいなのが嫌いだからです。説教みたいなヤツをすんなり受け止めるためには,相応の場ができあがっていなくてはいけないのですが,常態的にそのような空気を作り続けるのはなかなか難しいのです。

そうでなくても,成績が悪かったとき,子どもたちは自分自身でも「うまくいっていない」ことを無意識に理解はしていて,それをなんとか防衛するために立ち回っているわけですから,そこを無視して正論を重ねてもなかなか聴く耳をもってもらえないというわけです。

(わかっていても,実際の関わりに用いることは難しいってことです)

じゃぁ何を観るかというと,やっぱり「過程」です。

僕は,定期テストはせっかくのアウトプットの機会ですから,できなかった問題をしっかりと見直して,できるようにすることが最適な利用方法であって,結果に一喜一憂する必要はないと考えています。

学習の仕方や向き合い方を観て,過程をしっかり築いてきている生徒は,今このテストの点数が満足いくものでなくても,継続していればいつか必ず開花しますから,その継続を促すような関わりをしてあげるということです。

過程を認めてあげること。
その努力が正しい方向に進んでいることをしっかりと観ていてあげることが大事なのだと思っています。

したがって,得点,まして順位が悪かったとしても,しっかりと毎日の学習をすすめられていれば,がんばっていたこと,それでいいことを言葉で伝えることがテストの結果に対する応え方となります。

そのうえで,どのような改善が考えられるのか。
できなかった問題の見直し,解き直し,そういったことをコツコツとすすめていきたいですね。

反対に,「過程」が適切でなく,正しい努力ができていないのにも関わらず順位があがったり,点数があがっても,スルーです。特段褒めたりしません。結果だけを褒めることは間違いを生みやすいのです。努力なしに実力がつくことはありません。たまたま偶然そうなったことを評価してしまって良いことはたぶんないと思います。

褒められたらうれしいから勉強するようになるか?
なりませんし,なったとしても勉強したら結果が出るという日はいつまでも続きません。勉強しても褒められなくなる日は必ずやってきます。

何のために勉強をするのか?という人生のコンパスをしっかり持っていなければ,毎日の努力を続けることは出来ません。もしも勉強することが目的になっているとすれば,それはきっと長くは続かないでしょう。

まとめ

定期テストは,単元単位の

現状把握。確認。これからの学習の指針,目安。

これらが的確にできれば,定期テストの意義は果たせます。

極端に言ってしまえば,

たまたまヤマカンがあたって前日勉強したところが100%出題された結果,100点をとれたことよりも,たまたま自分が苦手なところや見落としていたところばかりが出題された結果の0点の方が,価値があると考えています。

なぜならこれから取り組むべき課題が明瞭だからです。

やるべきことがそんなにわかりやすく示されるなんて,チャンス以外の何物でもないからです。

テスト前一週間だけやって,そのあとほったらかしだと,その一週間の意味がなくなっちゃうよ。
定期テストのためだけの勉強なんて,それこそ時間の無駄遣い。
毎日少しずつ。少しずつコツコツが最強です。

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